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キになる視点

コロナ禍後の東アジア

掲載日:2022.12.01

     日本、中国、韓国が位置する東アジアは、世界で最も重要な地域の一つである。

 日中韓3か国の人口をあわせれば全世界の2割に達し、国内総生産(GDP)の合計は世界全体の4分の1、貿易量は2割を占めるという有数の経済成長拠点である。地理的に近接しているがゆえの交流と対立の長い歴史があり、相互に相手国への複雑な感情を有している。域内に北朝鮮、台湾海峡など安全保障上のホットスポットも抱えて、3か国の関係は常に緊張をはらんでいる。

 この3か国が2022年、日中国交正常化50周年、中韓国交正常化30周年という節目を迎えた。首脳会談や派手な祝賀交流行事が行われなかったのは、コロナ禍だけのせいではない。今日の冷え切った政治・外交関係の現実を反映したものと言える。

 

IT革命に出遅れた日本

 いま、日本がなによりも肝に銘じておくべきは、韓国・中国との関係で日本は力負けする時代に入っているという現実である。19世紀後半からの「近代化」にアジアで唯一成功した日本は、長期にわたり経済的優位性を保ってきた。今は違う。世界中がインターネットで瞬時に繋がるIT(情報技術)革命という第2の近代化の波に、韓国、中国はうまくのり、日本は出遅れたからだ。

 韓国と中国は、社会のデジタル化で、とっくに日本を凌駕している。韓国の場合、1997年のアジア通貨危機を機に、デジタル・ニューディールを推し進め、世界トップレベルのデジタル先進国となった。日常生活のキャッシュレス化はもちろん、いつでもどこからでも各種行政申請ができ、証明書発行を受けられる。国連の電子政府ランキング(2020年)で見ると、2位の韓国に対し、日本は14位と大きく水をあけられている。世界100都市を対象にした電子自治体ランキングで見ても、ソウルと上海は9位で、東京(24位)を引き離している。

 こうしたネットワーク・インフラ構築を支えているのが、専門知識や技術をもつ高度人材だ。韓国、中国はここでも意欲的だ。科学技術力で世界最先端の米国には、両国からの留学生が大勢いる。日米教育委員会(フルブライト・ジャパン)のデータでは、米国への留学生数で日本は1994~97年度に1位だったが、2020~21年度は11位に後退し、代わって1位中国、2位インド、3位韓国の順となっている。米国の大学院で博士号を取得する外国籍で見ても、1~3位の順位は変わらず、日本は27位にとどまる。

 

 

 

逆転される日本

 今世紀に入り、2010年に国内総生産(GDP)で「日中逆転」が起きた。2000年に日本の4分の1だった中国の経済規模は、わずか10年間で日本を追い越し、2021年には日本の4倍規模にまで成長した。やがて米国を追い抜きそうな勢いだ。核兵器保有国で軍事力も米国に次ぐ世界第2位の中国が、世界一の強大富裕国だったアヘン戦争以前の姿を取り戻すのは時間の問題かもしれない。

 2019年には、平均賃金で「日韓逆転」が起きた。日本が韓国に、造船、家電、半導体産業で追い越されて、すでに久しい。世界一のスマートフォン製造を誇るサムスン電子は、日本一のトヨタ自動車を株式時価総額で大きく上回っている。

 個人の豊かさを示す一人当たり名目GDPでも、日韓間に差はなくなってきた。2021年時点でこそ日本は3万9,285ドルと、まだ韓国(3万4,758ドル)、中国(1万2,556ドル)の上をいく。しかし、アベノミクスが始まった2012年に、日本は4万9,145ドルだった。9年間で日本が1万ドルも減らしたのに対し、韓国は9,000ドル増、中国も倍増させているのだ。経済成長が停滞した日本と、成長を続ける中韓両国との対照が際立つ。この傾向が続くなら、一人当たり名目GDPでも日本は早晩、韓国に追い抜かれてしまう。

 経済の底力がついた中韓両国にとって、日本は、かつてほど重要ではなくなったのである。経済成長には良好な対日関係の維持が欠かせないと認識していたころは、過去の歴史認識をめぐる問題のような対日摩擦が浮上すれば速やかに政治的解決を図っていたが、そのような必要性はもう大きく減じているのだ。

 

 

未曽有の規模に急増した中韓からの訪日客数

 中国、韓国の経済成長は、ヒト、モノ、カネ、情報がボーダーレスに移動するグローバル時代に、積極果敢に世界中とつながった結果である。東西冷戦が終わり、インターネットで瞬時に結ばれるようになると、世界の距離感は縮まり、金融システムや市場、人びとの暮らしは速いスピードで変化するようになった。

 東アジアでは、豊かになった中国、韓国、台湾からの海外渡航者数が今世紀に入って急増し、ビジネス客や観光客、留学生など、域内の人的往来は未曽有の規模に達するという大きな変化が起きた。

 日本では、2015年に、45年ぶりに入国外国人数が出国日本人数を上回る入超現象が起こり、地方活性化の起爆剤として「インバウンド」への期待が高まりを見せた。こうして2019年に日本を訪れた外国人は史上最高の3,188万人に上ったが、その6割超が中国(1位・959万人)、韓国(2位・558万人)、台湾(3位・489万人) からであった。同年の出国日本人の訪問先は、米国(1位・375万人)、韓国(2位・327万人)、中国(3位・268万人)の順で、中韓との往来人数はそれぞれ年間1千万人規模に上っていることがわかる。

 日中韓3か国の関係で見ると、もっとも多くの訪問客を獲得したのが日本である。この10年間、日本は観光立国を標榜してノー・ビザ制度や消費税免税制度を拡充した。その結果、円安に伴う割安感もあいまって、訪日客は急増した。日本は、中韓両国の人びとにとって、最も気軽に行けて楽しめる訪問先となったのだ。中韓の人びとを魅了したのは、日本が長い間に築き上げ、蓄積した有形無形の資産である。「爆買い」に象徴される大量のショッピング、温泉地やスキー場など地方観光への人気は、日本にとって、日本製品の良さを見直し、地方活性化へのカギを見いだす機会となった。

 日中韓は、歴史認識や領土問題、安全保障政策など深刻な摩擦要因を相互に抱える。尖閣諸島中国漁船衝突事件(2010年9月)をきっかけとした中国政府による対日報復措置、在韓米軍への迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)配備に発する中国政府による対韓報復措置(2017年)、輸出管理の優遇対象国から韓国を除外した日本政府の措置(2019年)に対する韓国の対日ボイコット運動など、2国間関係を冷え込ませる外交的対立事例には事欠かない。その影響は訪問客数の減少へ直結する。だが、そういう緊張関係があるからこそ、人びとが互いに相手国の実情を見聞し、雰囲気を肌で感じ、交流することは、相互の理解を深めるうえで重要な意味を持っていると言えよう。地域内で人的交流が広がる勢いを維持していくことは、地域の安定した関係構築に大きな意味を持つ。

 

 

経済の厳しい先行き

 2020年初めから顕在化した新型コロナウイルス感染の拡大は、こうした東アジア域内の人の流れを一気に遮断した。日本は、2020年に訪日客数を4,000万人の大台にのせる目標を立てていたが、実際には412万人へと10分の1に急減した。それが、2021年には年間25万人へとさらに激減した。

 世界経済への影響は大きい。2022年6月に発表された世界銀行の「世界経済見通し」によると、「ゼロ・コロナ」を徹底する中国のロックダウンにより世界のサプライチェーン(供給網)が混乱したことで大きな打撃をうけた世界経済は、ロシアのウクライナ侵攻によって、成長鈍化傾向が一層増幅されている。世界経済の成長率は、昨年2021年の5.7%から、今年2022年は2.9%へと低下する見通しだ。エネルギー、食糧など諸物価の値上げはすでに暮らしを直撃している。

 激動する世界情勢、経済状況の下で、世界は日々進化するソーシャルメディアと電気自動車の時代に入りつつある。世界の成長の中心となってきた東アジアは、とりわけ競争が激しい地域だ。変化に対応できなければ、 容赦なく振り落とされるだろう。産業構造の変革、一層のデジタル化、高度人材の育成などの難題が前途に待ち構える。世界でも名だたる超少子高齢社会の日本は、少子化対策、安定した社会保障制度の維持にも取り組みつつ、経済成長を維持していくための工夫を重ねていかなければならない。

 幸い、猛威を振るったコロナ禍もどうやら峠を越したように見える。2022年春、まず欧米でコロナ以前の日常を取り戻そうとする動きが始まった。日本、韓国も秋口から規制緩和に踏み切った。厳格な規制を導入している中国の先行きは楽観できないが、10月の党大会など重要な政治行事の終了に伴って何らかの変化が見られるのかもしれない。

 

日中韓関係を規定する新たなバロメーター

 問題は、これから新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)が終わったあと、日中韓がはたして安定した関係を築いていけるかどうかという点にあろう。世界経済の先行きがきわめて不透明な中、東アジアの平和と繁栄の行方もそこにかかっている。

 強大化に邁進する習近平時代の中国へ、日本はもとより韓国の警戒感は強い。しかし、日韓にとって、最大の貿易相手国である中国との関係は壊すわけにはいかない。中国にとっても自国の成長維持に、経済大国の日韓両国との安定した関係は不可欠である。経済の成長と繁栄の維持は日中韓相互の利益であり、3か国が追求すべき目標であろう。

 グローバル化の世界では、どんな地域も世界の流れと無関係には存立できない。地域社会の盛衰は、「外の世界とどんな関係を築くか」にかかっている。“Think locally (regionally), act globally” “Think globally, act locally (regionally)”―言い方はいろいろあるが、世界と足元の地域をともに視野に入れた思考、行動をとることが時代の要請になっている。この社会を動かすアクターは政府、地方自治体、企業や非政府機関(NGO)など多岐にわたり、世界のネットワークで結びついている。国際地域学、国際地域研究といった新しい学問が提唱されるようになったのも、そのためだろう。

 コロナ禍の下でも、韓流、華流は衰えを見せなかった。むしろ「巣ごもり」で動画配信サービス利用客が増えた結果、新たなファン層を開拓したと言えるのかもしれない。韓国映画は米アカデミー賞、エミー賞で金字塔を打ち立て、BTSをはじめとするK-POPは世界中にファンを獲得したし、中国時代劇ドラマの多彩さとレベルの高さに目覚めた人々も少なくない。日本のポップ・カルチャー、観光、食文化への関心も世界で依然として高い。こうした文化コンテンツは、相手国への関心、興味を呼び起こし、実際に訪問してみようという動機づけになり得る。域内往来の回復には後押しとなるのではないだろうか。

 コロナ禍後に、東アジアの域内往来がどこまで回復するかは、今後の日中韓関係を規定する重要なバロメーターとなりそうだ。

 

 

参考文献

1.国連世界電子政府ランキング

  https://publicadministration.un.org/egovkb/Portals/egovkb/Documents/un/2020-   Survey/2020%20UN%20E-Government%20Survey%20(Full%20Report).pdf

2.日中韓協力委員会「日中韓統計」

  https://www.tcs-asia.org/jp/main/#sec03

3.JNTO 日本政府観光局「月別・年別統計データ(訪日外国人・出国日本人)」

  https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/

 

 

 

 

この記事を書いた人

山岡 邦彦 やまおか くにひこ

国立大学法人北海道教育大学函館校 国際地域学科 特任教授

1953年 広島県生まれ。上智大学外国語学部卒業。
1978年 読売新聞社入社。横浜支局、外報部勤務を経てソウル支局長(1984-88年)、ニューヨーク特派員(1992-95年)、論説委員、論説副委員長を歴任。ソウルでは韓国の改憲・民主化運動、南北対話、ソウル五輪、大韓航空機爆破テロ事件などを取材。ニューヨークでは国連改革、国連平和維持活動(PKO)、核問題をめぐる米朝交渉などを取材した。
2014年 北海道教育大学函館校国際地域学科教授(-19年)
2019年から同特任教授。

【研究分野】おもに朝鮮半島問題、日韓関係について研究している。
【主著】
論文に「体制維持を目指す北朝鮮の選択肢」(小島朋之・竹田いさみ共編『東アジアの安全保障』国際関係叢書6(南窓社、2002年))
共訳書にケネス・キノネス著『北朝鮮 米国務省担当官の交渉秘録』『北朝鮮Ⅱ 核の秘密都市寧辺を往く』(中央公論新社、2000年、2003年)

担当者の主な著書