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キになる視点

教育における「ドロップアウト」の問題 ①

掲載日:2023.06.29

「中途退学」の枠組みの中では見えないこと

 日本では、文部科学省が毎年、全国の中途退学率を公表している。それによると、2021年度(令和3年度)の全国の国・公・私立高等学校の中途退学者は38,928人で、全国の高等学校の在籍者比は1.2%であった。これに対して先行研究では、「中途退学者」以外に転居等の理由以外で転学する生徒や、通信制で除籍となる生徒がいること、そうした生徒も含めた実態を把握する必要があることが指摘されてきた。

 先行研究によれば、たとえばある通信制課程では、8年間「不活動」(科目の履修登録をしない状況)が続いた生徒を除籍の対象としており、入学した生徒の卒業率は50%程度であるという。また、ある通信制課程では、入学者が4年間科目登録の手続きを取らないと除籍となり、調査を行った3年間を通じて卒業した生徒の率が40%台にとどまっていたという(藤江玲子『高校生のドロップアウトの予防に関する研究―子どもたちが幸せに生きることのできる社会へ―』p.25参照)。

 通信制課程は、多くの退学者や転学者の受け入れ先となっている。文部科学省の2017年の調査では、対象校の入学者の51.7%が編入学・転籍者であったという(「高等学校通信教育に関する調査結果について」)。その後、除籍という形で再びの離脱に至る高校生がどのぐらいいるのか、また、新入学者も合わせると、どのぐらいの高校生が通信制において卒業に至っていないのか、現在、知るすべはない。

 日本では、高等学校への進学率は2021年度には98.9%となり、労働市場は後期中等教育までの修了を前提とする傾向がますます強まっている。社会で生きていく上で必要な学業を保障されていない子どもたちは、さまざまな困難の中にあることが推測される。その負の影響は、次世代にまで及んでいく。そのような子どもたちが日本にどのぐらいいるのかということも、不明である。筆者が国の統計資料を組み合わせて16~18歳の若者について推計を試みたところ、日本人の9~10%、外国にルーツを持つ人々を加えれば12~14%が、高等学校に在籍していない可能性があることが見出された(前掲書p.119参照)。

 ドロップアウトの問題は個人にも社会にも深刻な負の影響を与える。米国では高等学校までが義務教育として保障され、高等学校までの教育課程を修了しない“dropout”の問題は社会問題として認識されている。また、予防のための研究と実践が、半世紀以上にわたって蓄積されてきた。

 日本では、これまで文部科学省が公表する「中途退学」にのみ着目されることが多かった。しかし、前述のように、高等学校の卒業に至らない生徒の問題を「中途退学」という枠組みの中だけで理解することは難しい。本連載(計5回)では、高等学校の非卒業者の問題を取り上げ、その中で「中途退学」に替わる語として、海外研究の共通用語である「ドロップアウト」を用いることとする。

 

この記事を書いた人

藤江 玲子 ふじえ れいこ

弘前大学大学院教育学研究科准教授、長野県立大学兼任講師
博士(生涯発達科学)・臨床心理士・公認心理師
長野県松本市生まれ

早稲田大学、上越教育大学大学院、兵庫教育大学大学院を経て、筑波大学人間総合科学研究科生涯発達科学専攻(博士課程)修了。
公立高等学校教員、県教育委員会指導主事、県生涯学習推進センター専門主事、県教育委員会スクールカウンセラー、筑波大学客員研究員、松本大学総合経営学部・人間健康学部教職センター准教授を経て、現職。

担当者の主な著書