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キになる視点

教育における「ドロップアウト」の問題⑤

掲載日:2023.09.08

≪ 支援の仕組みづくりとスクールカウンセラーの常駐化 ≫

米国カリフォルニア州のサンディエゴ統一学校区においては、2007年以降、ドロップアウト率の低減が重要な課題であった。リスクの高い9年生の生徒を対象としたドロップアウト予防プログラム(ミネソタ大学が開発した「Check & Connect」)等を取り入れ、メンターを活用した。その結果、カリフォルニア州の都市部の大規模学区のドロップアウト率がいずれも10%以上である中、2011年には5.9 %に低減したことが報告されている。筆者がヒアリングした折、プログラムの担当者は、取り組みの重要な要素は、職業体験、モデルとなる先輩の訪問、支援者との関わりなどを通じて、未来を思い描けるようになり、目標を持ち、学校への出席率を高めることであると語った。校内には、対象生徒が集い、支援を受けることができる部屋が設置されていた。

 

Lever et al.2004)はボルチモアの6校の高等学校において、リスクの高い生徒をリストアップしてドロップアウト予防プログラムを実施し、ドロップアウト率を低減させたことを報告している。プログラムの重要な要素の一つは、大人と生徒があたたかい関係を結び、必要な支援を行うことであるという。効果を上げているこれらの予防プログラムに共通しているのは、多様な大人が、生徒たちとあたたかいつながりを結ぶことのできる仕組みが用意されていることである。

Knesting & Waldron (2006)は、ドロップアウトのリスクが高い生徒たちが学校を継続している要因について、半構造化面接と観察を通して検討を行った。彼らは、生徒たちが学校に彼らが留まることを望み、自分が留まるために援助してくれる人々がいることを認識していたことを報告し、「生徒たちは何かを信じることができていた」と述べている。

また、1980年代の米国では、キャリア支援をはじめ個別の支援を担う常勤のスクールカウンセラーの配置が進められた。心理面の支援において専門性が高いスクールサイコロジストも、学校区の中でチームを作り、アセスメント、予防的教育、介入等の場面で担当校のスタッフの一員として児童生徒の支援に当たり、職員会議にも出席する。

 

一方、日本では、学校に配置されているスクールカウンセラーの多くが非常勤であり、変化の速い状況に対応する必要のあるチーム支援へ、恒常的に参画することは難しい。教職をめざして学ぶある大学生は、生徒指導上の課題について、以下のように記した。

 

「(スクールカウンセラーの多くが非常勤である日本の現状の中で)まずは担任の先生に対して、カウンセラーに相談したい旨を伝えるときに壁があり、相談できたとしても何週間も後になってしまいます。担任の先生に勇気を出して伝える時点でもう限界に達した子どもたちが多いと考えます。迅速な対応ができ、小さなことでも相談できるようにメンタルヘルス面での体制が、もっと整えられればいいと思います」

 

日本のスクールカウンセラーの多くは、米国のスクールサイコロジストと同様の役割も担っている。早期発見、早期対応の上で果たせる役割は大きい。さまざまな大人が関わり、あたたかいつながりの中で必要な支援を行う仕組みづくりとともに、スクールカウンセラーの常駐化に向けた制度設計を行うことは、国の教育政策の重要な課題である。

そのことは、ドロップアウトの問題に限らず、いじめ、暴力行為、非行、児童虐待、自殺、不登校ほか、多様な教育課題に取り組む学校を助ける道といえる。

この記事を書いた人

藤江 玲子 ふじえ れいこ

弘前大学大学院教育学研究科准教授、長野県立大学兼任講師
博士(生涯発達科学)・臨床心理士・公認心理師
長野県松本市生まれ

早稲田大学、上越教育大学大学院、兵庫教育大学大学院を経て、筑波大学人間総合科学研究科生涯発達科学専攻(博士課程)修了。
公立高等学校教員、県教育委員会指導主事、県生涯学習推進センター専門主事、県教育委員会スクールカウンセラー、筑波大学客員研究員、松本大学総合経営学部・人間健康学部教職センター准教授を経て、現職。

担当者の主な著書