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キになる視点

少子化社会における予備校の戦略

掲載日:2023.09.14

わが国における少子化はとどまるところを知らず、今後改善の兆しもほとんど見られない状況といえる。このような中で大きな影響を受ける業種の一つが「教育関係」である。その中でも公教育としての側面が強い学校より、民間企業である(一部の「学校法人」化している企業は除く)塾・予備校業界の打撃は大きく、今世紀に入ってから数多くの塾・予備校が倒産している。

ではその中で今も生き残っているところは、どのような戦略をとっているのだろうか? 

大きく分けて二つの指導形態について説明していく。

 

 

① 映像授業・個別指導を中心とした塾・予備校の戦略

子どもの数が少なくなれば、一人ひとりに密着した教育体制が取りやすくなる。生徒ごとの能力やスケジュールに合わせた懇切丁寧な指導が売りの個別指導塾は、塾・予備校業界の中でも、いま最も多い業態といえる。

ただし、一人で多くの生徒を担当できる集団塾と比べて当然必要な講師の数は増えるので、アルバイトの大学生講師を中心として運営しているところが多くなる。学校の補習、中堅大学の受験対策などのクラスでは、大学生講師を中心に行っているところが大半であろう。

 しかし、その一方で「(中学受験)御三家対策」「(大学受験)最難関国公立・医学部対策」などの難関校受験の個別指導は、当然求められるスキルも高く、いわゆる「プロ講師」が担当することが多い。プロ講師とは基本的には社会人講師のことだが、その企業(塾)の正社員だけでなく、外部からコマ単位の契約で採用されている非常勤講師の割合も高い。彼らはその塾の正社員ではないので、基本的には授業を中心とした教務作業しか担当せず、その授業報酬も大学生講師とは大きく異なる(一般的には非常勤のプロ講師の報酬額は最低時給3000円からといわれる)。

優秀なプロ講師をどれだけ確保し、質の高い授業を担保できるかが、各企業の戦略上大きなポイントとなってくる。

 また近年勢いを増している映像授業は、個別ブースなどで生徒が人気講師の授業を視聴する形態である。しかし、ただ授業を受けっぱなしにするのではなく、大半の企業はチューターやメンターを用意して、学習内容の確認をしている。したがって、個別指導と人件費の点では大差はないが、映像授業はプロ中のプロが授業を行っているもので授業内容に対する信頼度は高い。

一方で、個別指導以上に生徒管理をしっかり行わないと成績向上につながらない形態ともいえる。映像に頼ってここを杜撰にした結果、生徒や保護者に見放され、倒産まで追い込まれた企業も多い。

 

② 集団授業を中心とした塾・予備校の戦略

少子化の中でも、多くの生徒を集めた集団授業が成立する塾・予備校はいまだに存在する。もちろん、かつて(19801990年前後の予備校バブルの時代など)のように数百人の生徒を一つの大教室に収容するような授業は、大手予備校でもいまやほとんど行われていないが、数人から数十人の生徒を集めた緊張感のある授業の需要はいまだに存在するのだ。

 集団授業の売りは基本的には二つある。

一つは「プロ講師・実力のある講師による授業」であることだ。予備校であれば集団授業を担当する講師は会社の顔であり、塾でも一定の技量を認められないと集団授業は任されないことが多い。したがって、映像授業と同じく、質の高い授業が受けられるのである。

そしてもう一つは「集中力維持・緊張感維持の訓練」であることだ。受験は長時間の集中力の持続がカギとなる。個別や映像では、自分のタイミングで学習ができる。しかし、他者が設定した制限時間内において、終始集中しなければならない受験においては、これは不利となる。予習をして、講師による集団授業を長時間集中して受け、その学習内容を定着させるために復習をするというサイクルをしっかり構築できている生徒は、第一志望の合格率が大きく上がっている。

集団授業を売りにしている塾・予備校はどこもこの部分を明確に強調している。そこが経営戦略上欠かせない部分だからだ。もちろん、そこには「長時間生徒を惹きつけ、集中させる」プロ講師の技量が大きく影響してくるのである。また集団授業だからといって生徒一人ひとりに気を配っていないということがあってはならない。チューターによる個別面談など、各企業独自に授業内容に関するフォローシステムを用意しておくことも大きなポイントになる。

 

 以上二つの形態どちらにおいても、加速度的に進行する少子化の中で、塾・予備校は生き残りをかけて熾烈な競争を繰り広げている。

いずれの形態であろうと、この激動の時代において、過去のやり方に安住せず、常に創意工夫をこらして時代の流れに合わせて進化していける企業が、今後も生き残っていくことだけは確かであろう。

 

この記事を書いた人

中林 智人 なかばやし ともひと

予備校講師として、河合塾現代文科・早稲田予備校国語科などに勤務しつつ、都内の高校でも講師として最難関クラスの進学指導を担当する。

担当者の主な著書